シャンパーニュ好きの皆さんへ

M’s Salon de Champagne ロゴ

シャンパーニュメゾン

HOME >>シャンパーニュメゾン >> Louis Roederer

シャンパーニュメゾン

*

Louis Roederer   NM-291
NM
ルイ・ロデレール  
住所 4,rue des Crayères 51100 Reims  
TEL 33(0)3 26 77 51 5 FAX 33(0)3 26 82 88 43  
URL http://www.champagne-roederer.com/  
NM-291
創業 1776 Cristal Rosé Blanc de Blancs Millésimé
生産本数 2700000 Cristal Brut Rosé Millésimé
輸出割合 68% Brut Premier  
所有畑 202ha Brut Millésimé  

*


*


*




歴史 1776年DuBois(デュボワ)親子によって創業されたメゾンはNicolas Schreider(ニコラ・シュレデール)に会社を譲渡します。ニコラには子どもがいなかったため、甥のLouis Roederer(ルイ・ロデレール)に会社の運営を手伝わせました。ニコラは甥の豊かな才能に感動し、ルイに会社を遺贈することを決心します。 1833年にルイはニコラの会社を相続しました。その時点で10万本だった生産量はロシアを中心に海外市場を開拓した成果もあってルイの亡くなる1870年頃には250万本以上のシャンパーニュを各地に送り出していました。

父と同じルイと名づけられた息子は父の仕事を引き継ぎます。そして1876年ロデレールのシャンパンがたいそうお気に入りだったロシア皇帝アレクサンドル2世の、一般の人々が手にできないような高級シャンパーニュをとの要求を受け、すばやくボトルをクリスタルガラスでつくることを思いつき、皇帝を大満足させます。これが初めてのプレステージ“クリスタル”の誕生でした。

1880年ルイ・ロデレール2世が若くして亡くなると、彼の姉が会社を引き継ぎます。さらにその息子Leonへと引き継がれますが、1917年十月革命により、ロシア帝国は崩壊。最大の取引先を失うことになります。一時的にクリスタルも消滅します。さらに続いて起こった世界恐慌によりロデレール社は危機に陥りますが、その危機を救ったのは1933年に夫レオンを失った、Cmille Olry-Roederer(カミーユ・オルリ・ロデレール)でした。彼女は1975年までの42年間社主を務め、その卓越した個性でロデレール社の名声を高めることになります。クリスタルもカミーユによって1930年頃に復活しています。

しかし、現在のロデレール社の価値と存在を高めたのはカミーユの孫にあたるJean-Claude Rouzaud(ジャン・クロード・ルゾー)です。南仏のトゥールーズで育ったルゾーはパリの大学で学んだ後、国立農業高等院で醸造学を学び1967年に優秀な成績で卒業、同年ロデレール社に入社します。

ルゾーは最初の3年間ブドウ畑だけに集中して働きます。よいブドウを収穫するため、栽培家と何度も交渉を繰り返して区画の交換や買収をし、700もあった区画は最終的に150区画ほどにまとめます。実際にルゾーが経営に加わったのは1979年から。1982年カリフォルニアへの入植、1984年にはノン・ヴィンテージの熟成期間を3年に延長、1990年ポルトガルのラモス・ピント(王室御用達のポルト酒メーカー)を買収、1992年ボルドーのChateau-Haut-Beausejour(シャトー・オー・ボーセジュール=サンテステフ)を買収、さらに翌年Chateau de Pez(シャトー・ド・ペズ=サンテステフ)を購入と、その経営規模を拡大します。そして2001年、ルゾーはイギリスのワイン雑誌“デキャンター”の“マン・オブ・ザ・イヤー”に選ばれます。1984年から始まったこの企画でシャンパーニュから初めての選出という快挙でした。

2006年1月には息子のFrederic Rouzaud(フレデリック・ルゾー)に社長の座をゆずりましたが、重要な決断は親子で相談するとのことです。